月と太陽

 

 

『賢者の石。それを手にした者は等価交換の原則から開放され
 何かを得るために代価を必要とすることも無い。
 僕らはそれを求め・・・・・・・・手に入れた。』

 

 

 

「兄さん・・・・・?」

エドワードの口から大量の血液が吐捨される。

アルフォンスは、ゆっくりとスローモーションのように倒れるエドワードと目があった。

まるで泣き顔のような・・・・・・・・・。

(アル・・・・・・・・、ごめ・・・ん・・・・・・・・・・・。)

『ドサッ』

エドワードは虚空を睨んだまま動くことは無かった・・・・・。

「あっけないもんだ!人間は。」

「・・・・・・・・・兄さん!・・・・・・・・・・・・兄さ ――――― ん!!!」

アルフォンスの呼びかけにエドワードの開いた瞳孔が応えることは無い・・・・・。

「兄さんは死なない!・・・・そんなのおかしい!!」

(僕が生きているのに・・・・!僕が生きているのに兄さんだけ死ぬはずが無い!!・・・・・兄さんが一人で逝ってしまうわけがない!!)

アルフォンスの頭の中で警鐘が鳴り響く。

(兄さんは僕が守るって決めたんだ・・・・・!
 約束したんだ!!元の体に戻るって・・・・・!!)

警鐘は鳴り止まず、大きさを増していくばかり・・・・・・。

(僕が兄さんを守れなかった・・・・・・・・。)

アルフォンスの存在しないはずの心臓が大きく脈を打った。

(僕が兄さんを殺したんだ!!!)

アルオンスの中で何かが砕けた。

アルフォンスは、自らを戒めていた練成陣を錬金術を用いて破壊した。

「なんてことを!!錬金術はいけないと言ったのに!!またそんなに減って!」

ライラが慌ててアルフォンスに駆け寄ろうとする。

自分の魂をロゼの体に移し変えるために必要な賢者の石が、どんどん減っていくのはライラには許しがたいことだった。

「来るな!!・・・・・・・・僕に触るな!!」

アルフォンスの体が錬金術を用いたため、練成の光に包まれる。

怯んだライラは、そのまま動けずにアルフォンスを見守った。

「何をするつもり?」

アルフォンスはそのままエドワードの無残に横たわる抜け殻のもとへ歩み寄った。

「兄さんはまだ死んじゃいない!・・・・・・ほら、こんなに温かい。」

アルフォンスはエドワードの頬に触れる。温度など分かることの無い筈の鎧の体に温かさが伝わった気がした。

しかし、それはアルフォンスの希望が感じさせた錯覚だったのかもしれない。

「・・・・・魂はまだ門の中にある。それを取り戻してくればいいんだ!
・・・・・・・・・・・・・・・・・兄さんがしてくれたみたいに。」

(兄さんから貰った命。返すね?)

アルフォンスの心に迷いは無かった。静かな水面のように心は落ち着いていた。

(悔いがあるとしたら・・・・・・やっぱり・・・・・兄さんを抱きたかったな。)

アルフォンスはそんなことを考える自分を困ったように笑った。

「兄さん・・・・・・・・。」

(誰よりも・・・・・・・愛してるよ・・・・・・・・・・。)

練成の光の中、アルフォンスはエドワードに口づけを落とした。

零せない涙の代わりに・・・・・・・。

 

 

 

 

エドワードは立ち止まっていた。目の前に塞がるのは大きな大きな真理の門。

エドワードはただただ何も感じることも無いまま佇んでいた。

どれくらいの時間、そこにいたのだろう?何百年かもしれないし、一瞬だったかもしれない。

エドワードの唇を優しい感触が触れていった。

それは春のそよ風のようにふわりと通り過ぎていった。

「アル・・・・・?」

エドワードは、何故かそれがアルフォンスに思えた。

子供の頃に無邪気に軽いキスをしたアルフォンスを思い出し、なんだか胸が温かくなった。

「アル・・・・・・。」

 

 

    

 

 

「エド・・・・・・・・、生きてるの?」

エドワードが目を開けるとそこには心配そうに覗きこむロゼの顔が見えた。

「あぁ・・・・・。」

エドワードはぼやけた意識の中で答えた。ふと頬を濡らす温かさに気づいた。

両手で頬を濡らす感触を確かめれば・・・・・・涙だった。

「なんで涙が・・・・・?あれ?・・・・・・・・・・・・・ッ!!」

突如として頭の中がハッキリする。

(俺は・・・・・!死んだはずじゃ無かったのか!?)

「アルが・・・・あなたを練成したの・・・・・・・死んだあなたを。」

ロゼがエドワードの心を読み取ったかのように説明する。

(アルが・・・・・・・?まさか・・・・・・・・・・。)

「賢者の石で・・・・・魂と肉体を復活させた・・・・・・?」

思い当たる答えにエドワードは慄然とした。

真理の門の前で感じた感覚は、確かにアルフォンスのものだったのだ。

「それで!!アルは!?」

ロゼは答えられず、思わず目を背けた。

「アルが消えたっていうのか・・・・・?」

恐れていた現実・・・・・・・。気が狂いそうになるほどの恐怖。

(嘘だ・・・・・・嘘だ・・・・・・・!アルが消えたなんて嘘だ!!)

エドワードは震える自分の体を抱きしめた。

(一人にしないって言ったのに!!
約束したんだ!!元の体に戻るって・・・・・!!抱いてくれるって・・・・・!!)

強く強く自分を抱きしめていないと自分が中から壊れてしまいそうだった。

(俺のためにアルは消えちまった・・・・・・・・。)

エドワードの自分を掴む腕から力が抜ける。

(俺がアルを殺した!!!)

エドワードの中で何かが音を立てて崩れていった。

「アル!!アル!!アル ―――――――!!」

エドワードは声が枯れるほど弟の名を叫んだ。

しかし、返事を返すものはいなかった・・・・・・・。

 

 

エドワードは静かに笑ってロゼに言った。

「早く行け。」

「エドは?」

ロゼはそんなエドワードに、不安そうに聞いた。

「オレはここを破壊していく。もう二度と誰も賢者の石なんか求めないように・・・・・。」

それは本当の理由であり・・・・・嘘の理由でもあった・・・・・・。

しかし、ロゼはエドワードの答えに安心した様子で我が子を見やる。

「そうね・・・・・。あなたも後から一人で来られるわね?・・・・だって今はもう立派な足がついてるんだから!」

ロゼの言葉にエドワードは複雑な笑みを浮かべ見送った。

 

誰もいなくなった部屋でエドワードはひとり佇む。

自分の体に練成陣を描きながらエドワードはアルフォンスに謝った。

(アル・・・・・、ごめんな。せっかく、お前が取り戻してくれた手と足なのに・・・・・。)

「親父の言ったことが確かなら今ならアルの肉体も魂も門の内側にある・・・・。
命の代価は他に無い・・・・・・・・。俺の全てを捧げても無駄かもしれない。
でも・・・・・お前が消えちまうことなんて無いんだ。・・・・戻ってこい、アル・・・・・・・。」

(自分よりも夢よりも大事なもの・・・・・・・・それは、アルだよ・・・・・・・・。)

エドワードは両の掌を合わせ練成反応を起こす。

そして愛しい者を抱くように・・・・・自分の体に描かれた練成陣に触れた。

「アル・・・・・・・・・、愛してる。」

エドワードの頬を一筋の温かい涙が伝った・・・・・・・。

 

 

 

 

エドワードは死ななかった・・・・・。

再び真理の門を抜けて、別の世界(ミュンヘン)にたどり着いたのだ。

エドワードの精神と肉体を失わぬには門を抜けるしかなかったのだ。

エドワードはそれを無意識に行っていたのだ。右腕と左足を代価にして・・・・・・・。

エドワードはアルフォンスのいない世界で、ただアルフォンスの無事を願う・・・・。

(俺たちはまるで月と太陽のように、同じ世界に一緒にいることは出来なかった。
それでも互いの存在が無ければ自分の存在さえ確認できないんだ・・・・・。)

エドワードは太陽に向かって手を伸ばす。

もう一つの世界に住む愛しい弟に向けて・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

                                    to be continue...

 

 

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