世界が違うということ

それは自分の存在すら危ぶまれる・・・・

帰る家も心を許せる人間もいない世界


突きつけられた現実に恐怖が浮かぶ


私にあるのは・・・・・歌だけ・・・・・・・









     Diva・3







「家が無い・・・・・・・?」

景吾はの言葉を繰り返した。


は呆然としたまま、景吾の言葉さえも聞こえなかった。


自分の足元がガラガラと音を立てて崩れて行くような感覚・・・・。

立て無くなったの身体を景吾が支える。



。全部、話してみろ。俺がお前に力を貸してやる。」


景吾の力強い腕と優しい言葉には、ようやく視線をあげた。

みるみるうちにこみ上げてくる涙。


「・・・・・・んっ・・・・っく・・・・。」


は涙を堪えようとしたが嗚咽が漏れる。


そんなの顔を景吾は胸元に押し抱くと、優しくの頭を撫でて言った。


「辛いなら泣いて良い・・・・。我慢するな・・・。」


はそんな景吾の優しさに、声をあげて泣いた。




違う世界に来た不安を心細さを・・・・声をあげて泣くことで景吾にぶつけた。

景吾は理由も聞かずに、ただの苦しみを受け入れてくれた。




我慢せずに泣くことが出来たせいか、はようやく落ち着きを取り戻した。

「・・・・・ごめんなさい。・・・・・・ありがとう。」

掠れた声でが景吾に謝罪と感謝を述べる。



「いや・・・・・。」

景吾は短く応えると、をソファにエスコートした。



二人はソファに座り、景吾はの言葉を待った。




「・・・・信じられないことを今から話します。」

はそう言い景吾の表情を伺ったが、景吾は変わらず真剣な瞳での言葉を待った。




「私は、この世界の人間じゃありません。・・・・・異世界から来ました。
 だから・・・・・帰る家も・・・・知り合いも・・・・・多分、戸籍も無い・・・と思います。」


の声は、だんだんと小さくなっていく。



しばらく間があった後、景吾はに聞いた。

「どうやって、こっちの世界に?」



は咄嗟に顔を上げ、景吾を見た。


(信じてくれてる・・・・・・?)


「・・・・・海で歌ってたら・・・大きな波にのまれて・・・気づいたら景吾に・・・・。」

「なんでここがお前の世界と違うって気づいたんだ?」

「・・・・夢で・・・声がして・・・・・。
 えっと・・・元いた世界で私は音楽の道を諦めようとしてたんだけど・・・・・その夢の声の人が、この世界で音楽を勉強しなさいって。
 あと・・・・・景吾は・・・・私の世界の・・・・・漫画に・・・・出てくるの・・・。」

「!?」


その言葉には、さすがに景吾の瞳が大きく見開かれた。

は景吾の表情を見て・・・・真実を告げたことを後悔した。



(さすがに信じてもらえないよね・・・・。)



景吾はしばらく考え込むと、一言告げた。

「少し待ってろ・・・・。」

景吾はに言い残して、部屋を出た。



『パタン』



一人部屋に残されたは困惑し、絶望した。


(そりゃ、こんな話信じてもらえるわけないよね・・・・。
 私はこれから・・・・・・どうしたら良いんだろう?)



は自分はまだここにいて良いのかどうかすら不安に思ってきていた。




『コンコン』

「失礼いたしします。」


ノックとともにメイドが現れた。



メイドは静かにの元までやってくると、持ってきた茶器を準備する。

香りの良い紅茶を注ぎ、服をに差し出した。


「景吾様からこれを着る様にと託っております。」



は恐る恐る、それを受け取った。



「それでは私はこれで失礼いたします。
 何かありましたら遠慮なくお申し付けください。」


メイドは頭を下げると来た時と同じように静かに出ていった。


『パタン』



は手の中の洋服をひろげてみた。

白いシンプルなワンピースだった。




(着ろってことだよね・・・・・?)


は悩んだが、いつまでもネグリジェのままで人と会いたくないと思い決意した。



部屋に備え付けの洗面所まで行って着替えをする。

の身体にピッタリのサイズのワンピースは、着心地が良く高級な布地を使っていることを思わせた。



着替えを終えソファに戻り、メイドの淹れてくれた紅茶で喉を潤す。


「おいし・・・・。」


アールグレイの香りが、の心を落ち着かせてくれた。




『コンコン』

「入るぞ。」


景吾は部屋に入ると、の姿に目を細めた。

「似あってるじゃねーか。」

それが、ワンピースを指して言ったのだと気づいたは顔を赤らめた。



「あ・・りがとうございます・・・。」

。敬語じゃなくて良い。普通に話せ。」

「え・・・・・。あ、はい・・・・・じゃなくて・・・・うん。」


景吾はの返事に苦笑しながら、ソファに座った。

景吾はソファに座ると、ニヤリと笑いに告げた。



「まず、お前の戸籍は作った。学校は氷帝。俺と同じクラス。」

「!?!?!?!?!?」

「住む場所に関しては・・・・・。母がお前と会ってから決める。
 ・・・・何か質問は?」




そこまで告げて、景吾はの表情を面白そうに眺めた。


「え?・・・・・ちょ・・・・・戸籍を作ったって・・・・!?」

は目を白黒させて、景吾の言った言葉をうまく理解できない。



「俺様に不可能は無いぜ?・・・まぁ、親父たちの力を借りたんだがな。
 戸籍は・・・・遠い親戚にがいた。そこにお前を入れておいた。」


は景吾のその言葉に、ジワジワと本当のことなんだ・・・・と実感を湧かせた。

それと同時に安堵の涙が浮かび上がってくる。


「景吾・・・・ありがとう・・・・。私、景吾は私の言うことなんか信じてくれて無いと思ってた。
・・・・だから・・・・私、どうしたら良いか分からなくて不安で・・・・・。」


の涙が一粒、カップに沈んだ。


「俺様は、お前に力を貸してやるって言ったろ?
 俺のことを・・・・・もう二度と疑うなよ・・・・・?」

景吾は優しくそう言って笑った。







その日の夜遅く、景吾の両親は帰ってきた。

いつも海外を飛び周り、忙しい両親が何の偶然か日本の本社に戻ってきていたのだ。




「留守中にお邪魔しております。です。」

は景吾の両親と向かい合い、挨拶をした。

の戸籍まで用意してくれたということは、景吾は両親に全て話したのだ。

その上で信じてくれ、戸籍や他のことも用意してくれたのだ・・・・・。

は挨拶するまで、信じられなかった。



景吾の父はを見ると、微笑んで挨拶を返す。

「はじめまして。景吾の父です。いろいろと大変だったね。」


「いえ!!景吾さんに助けていただき、景吾さんのお父様、お母様にも迷惑をお掛けしてしまい感謝の仕様がありません・・・。」

は優しい景吾の父の言葉に、深々と頭を下げてお礼を言った。



(私と言う人間を信じてくれている・・・・・・。嬉しい・・・・。)

は感動で胸がいっぱいだった。





さんは、歌をやられているのよね?1曲お願いできないかしら?」

突然、景吾の母親はに優しく頼んだが、その瞳は笑っていなかった。


「あ・・・・はい。喜んで・・・・・。」

は景吾の母親の瞳にドキッとしたが、どうにか言葉を紡いだ。





景吾の母について4人は部屋を移動すると、大きなグランドピアノの置いてある部屋に辿り着いた。



「わぁ・・・・・Steinwayだ・・・・・・。」

ピアノを見るなり、は感動の溜息を洩らした。


個人の家でSteinwayのピアノを持つ家は、少ない。

それだけ高級なピアノなのだ。




さん。何を歌われるの?良かったら、私が伴奏をするわ。」

景吾の母が、ピアノの蓋を開けてに言った。



景吾と景吾の父は、壁際のソファに座って事の成り行きを見守った。


は少し考えると景吾の母を見た。

「中田喜直の『おかあさん』を・・・・・。」


景吾の母は頷くと、大きな本棚から楽譜を取り出した。


は目を閉じて母を思い出す・・・・・。

優しく厳しく・・・・・を愛してくれた母・・・・・。



は目を開けると、景吾の母に頷いてみせた。



優しい音、優しいリズムがピアノから流れ出る。

は語るように歌いだす。

 

 


”沈丁花の零れる晩に お母さん お話しましょう

 細い月夜の晩に お母さん お話しましょう

 私の育った小さな庭  小さな陽だまり  やさしい空と月の匂い

 お母さん  お父さんとはじめて会った夜 零れた花を拾い続けた

 あなたの心の話をしましょう”

 




前奏と同じ優しい音、優しいリズムが、曲の幕を閉じた。



『パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!!!!』


景吾と景吾の父・・・・・・そして景吾の母から盛大な拍手を受ける。



さん!素晴らしい歌声だわ!!
 この家で暮らしなさい!!あなたが音楽を勉強するためのお金は私が出します!!」

景吾の母は先ほどと全く違う表情で、を抱きしめた。

はその温かさ、甘い香りに母を思い出した・・・・。


「私はさんのファン第一号よ・・・・・。」


景吾の母の言葉には涙を零した。

懐かしい記憶が蘇る・・・・・。

『私はのファン第一号よ・・・・・。』

それはの母が幼い頃、に言ってくれた言葉だった。



「おかあさん・・・・・。」




の涙に気づいた景吾の母は、優しくの背中を撫でた。

さん・・・・。心細かったわね。ごめんなさいね、あなたを試すようなことをして・・・・。
 でも安心して。これからは私たちがあなたを全力で守るわ・・・・。
 私のことを母だと思って・・・・・ね?」



は小さく頷き、跡部の家族を見た。


景吾と景吾の父は、優しく見守ってくれていた。









の新しい人生の時計が、針を動かし始めた・・・・・・。









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※作曲:中田喜直 「おかあさん」