イルミの足は、真っ直ぐに向かっていった。


。」

誰も入りこめないほどの至近距離で、イルミがの名前を呼ぶ。



二人だけの距離。かつて、その距離で常に感じていた体温で・・・。










  Blood・11











それでもは顔を上げなかった。


イルミの手がの頬を優しく撫でる。


慈しむような仕草には、吸い寄せられるようにイルミに視線を向ける。




その視線が・・・・、瞳が・・・・・、悲しそうに歪むから・・・・・・


誰にも分からなくてもには分かる。

無表情と言われるイルミの感情の微妙な変化・・・・・。



は断ち切るように瞳をギュッと閉じると、猫のように身をくねらせて、イルミの呪縛から逃れた。

扉を開けて会場を出る。

走って走って、ホテルの庭園にたどり着いたところで、腕を掴まれる。


「あっ!」



そのままイルミの腕の中に閉じ込められてしまう。




「いや!離して!!」

は闇雲に暴れた。



の動きを封じることなどイルミには簡単だったが、何故か苦悩に眉を寄せる。


・・・・。オレは、を攻撃できない。
 だから・・・・逃げないで・・・・。オレから逃げないで・・・・。・・・・。」


イルミの初めて聞く声に、は動きを止めた。



最終試験で棄権したのも、イルミにはを攻撃できなかったから。

そのイルミの意図を汲み取って、は体から力が抜けていくのを感じた。






(私の心は体は・・・・いつだってギタラクルをイルミだって訴えていたのに。
 私はその声を聞かなかった。ううん、聞きたくなかった。
 気付かないフリをし続ければ・・・・ずっとイルミと一緒にいられたから・・・。)




は逃れようのない恋に涙を零す。

の頬を伝う涙をイルミはそっと唇ですくった。






・・・・・。
 オレから逃げないで・・・・。」



は、ハッとしてイルミを見上げた。



「イルミが否定されて、ギタラクルが受け入れられるなら、一生ギタラクルでもいいと思った。
 なのに・・・・、ギタラクルでも拒否されて・・・・。
 を手放すなんて考えられない。
 がいなきゃ・・・オレは生きてても仕方ない。」



イルミの頬にもと同じ色の涙が零れていた。




「イル・・・・、ごめん。・・・・ごめん、・・・ごめ・・・ん。」



イルミの頬を伝う涙をは指先で優しく拭う。



優しく動くの指をイルミはしっかりと握りなおす。





「ギタラクルなら、この想いも許されると思った・・・・。
 でも・・・、ギタラクルにイルを重ねて見てることに気付いたら・・・。」




涙に濡れた睫毛がフルフルと震え、影を落とす。







炎にも似た熱が、の唇に落とされた。




イルミの唇を受け入れたは、恐れるように呟く。




「だめ・・・・、こんなこと許されない。」



けれど執拗な唇への愛撫は止むことは無い。




「罪はオレが全部背負うから・・・。全部オレが悪いから・・・。」


口づけの合間にそうイルミは呟く。祈るように・・・・。


はただ、イルミの唇の熱に浮かされたように涙を溜めてそれを聞いた。






「罪は・・・・・二人のものよ・・・。」





イルミはを抱きかかえると、庭の林のようになった茂みへ移動する。

木漏れ日を落とす林は、ゾルディック家の庭を思い出させた。





の頬にイルミの長い髪が触れる。


サラサラと頬をくすぐるそれは、それすらも愛撫のようにを酔わせた。




熱が生まれる。

唇に・・・・頬に・・・・胸に・・・・







「イル・・・・、私達は生まれる前が一番幸せだったのかもしれない。
 ママのお腹の中で誰に邪魔されることも無く一緒にいられた。」




かつて二人を分かつものは何も無かった。

あの頃の幸せをこの瞬間だけでも思い出したかった。






・・・・。愛してる・・・。だけを愛してるよ・・・・。」





銀と黒の長い髪が風に吹かれ交わる。

二人の共通の唯一つの願いは・・・・ようやく叶えられる。




「イル・・・・。イルが好き。
 ごめんなさい、パパ、ママ・・・・。」






願いは叶えられる筈なのに・・・・たまらない孤独を感じていた。

世界にただ二人だけ・・・・・忘れられたつがいの置物のように。






世界に忘れられた二人だったとしても・・・・

どんな手段を使っても・・・・決して離れることはしない・・・・




禁忌は犯されるべくして犯された。

贖罪の言葉は、何をもってしても償われない。



しかし、それは生まれ落ちたときからの業だったのかもしれない。









涼しげな風が、二人の火照った体を醒ますころイルミは呟いた。




・・・・・。一緒に死ぬ?」





は、イルミの黒い髪を弄んでいた指を止めるとイルミを見上げた。


そこには優しい瞳がを映していた。





心中を考えなかったと言えば、嘘になる。


けれどイルミがを攻撃出来なかったように、にイルミを殺すことは出来ない。




誰よりも幸せになって欲しい人。


自分よりも大事な命。


どんなことをしてもそばにいたい大事な人。





「私にイルは殺せないよ・・・。
 ・・・・・私・・・・、結婚する。」






柔らかく微笑むの瞳に映るイルミの顔が強張る。




「・・・・なんで?」


「結婚すれば、ずっとあの家に怪しまれること無くいられる。
 イルのそばに・・・・いられる・・・・・・。」



そこまで言うと、の目にふいに涙が零れた。



「結婚しても・・・・、この体を触れさせることは決してしない。
 ・・・・・・生涯・・・、愛するのはイルミだけだよ。・・・覚えておいてね?」




イルミは唇を噛み締めた。


(そんなにきつく噛んだら血が出てしまうのに・・・。)


はイルミの腕のなかで、ぼんやり思った。

















二人は、お互いだけを見つめることの出来る時間を過ごした後、会場に戻った。


手を繋ぎ、寄り添う双子を会場の人間は、少し戸惑ったように受け入れたが、
試合は既に終わっており、キルアの姿は見えなかった。


はイルミの傍をそっと離れて、クラピカにその後の事情を聞くと


「そう・・・・。」



と、呟いたまま静かにイルミの元へ戻った。







合格者は翌日、説明を受けるため新たな会場に移された。

イルミとは、前よりの席に並んで座った。



会場は、学校の教室のようになっており、ネテロは教壇に立った。






「さて、ここにいる者が、晴れてハンター試験に合格した者なわけじゃ。」




ネテロが、会場に座る合格者達を眺めて口を開いた。




「ちょっと待ってくれ!!」


ネテロの言葉を遮るように、声を荒げたのはレオリオだった。




「オレが、合格者と呼ばれるのは腑に落ちない。
 オレは自分の力でボドロを倒したわけじゃねーからな。」



「キルアの様子を客観的に見れば、不自然な状況であったことは一目瞭然だ。」


クラピカは、レオリオの言葉に続けるように立ち上がった。




「キルアが、自らの意思であのような行為に及んだとは考えにくい。」


冷静に理路整然と説明しようとするクラピカにみんなの視線が集中した。







『バンッ!!!!!』




会場が静まり返る。


みんな、その音の方向へ注意を向けた。



轟音とともに現れたのは、ゴンだった。







ゴンは周りに目もくれずにイルミの元へやってきた。



「キルアにあやまれ」

「あやまる・・・?何を?」



「そんなこともわからないの?」

「うん」




「お前に兄貴の資格ないよ」

「?・・・兄弟に資格がいるのかな?」



誰もが目を見張った。

ゴンは片手でイルミの腕を掴むと、そのまま宙に浮くほど引っ張りあげたのだ。



「友達になるのにだって資格なんていらない!!」



ゴンのイルミを掴む手に力がこもる。



『ビキッ!』


骨の折れる音が聞こえた瞬間、はゴンの腕を掴んだ。






「離して、ゴン。」






驚いた顔でゴンはを見上げた。

の目は、ゴンを敵と見なしていた。




・・・・。」




ゴンは、ショックで顔を俯けると渋々イルミから手を離した。

ゴンは顔を上げ、先ほどよりも殺気をこめた目でイルミを睨む。



「キルアのとこへ行くんだ。
 もう謝らなくたっていいよ。案内してくれるだけでいい。」



「そしてどうする?」


「キルアを連れ戻す!決まってんじゃん。」






「まるでキルが誘拐でもされた様な口ぶりだな。
 あいつは自分の足でここを出ていったんだよ。」


「でも自分の意思じゃない。
 お前達に操られてるんだから誘拐されたも同然だ!」






ゴンの言葉には凍りつき、イルミは殺気で目を細めた。







「ちょうどそのことで議論していたところじゃ、ゴン。」







凍りついた時間を動かしたのは、ネテロだった。


議論は戻り、クラピカやレオリオ、ポックルが意見を交わしあう。





は席に座り、ゴンの言葉を反芻した。



(私達は自分達の幸せの代償に、キルアを差し出している・・・。)




分かっていたことでも、第三者に言葉にしてつきつけられるとそれは傷口の痛みを思い出させる。

イルミはキルアが生まれたときに、キルアの才能を理由にゾルディック家の後継者から逃れた。

それは結婚しないため。

後継者でなければ、無理に結婚する必要が無いと考えたからだ。



それにはも気付き、キルアを後継者とすべく協力してきた。

イルミとは、暗黙の了解でキルアを後継者にしようと動いてきたのだ。

自分のエゴのために・・・・。








合格者達に不穏な空気が流れ始めたとき、ゴンは再び口を開いた。


その瞳は怒りを堪えるように、イルミの折れた腕を見つめている。


「どうだっていいんだ、そんなこと。
 人の合格にとやかく言うことなんてない。
 自分の合格に不満なら満足できるまで精進すればいい。
 キルアならもう一度受験すれば、絶対合格できる。
 今回落ちたことは残念だけど仕方ない。・・・・それより・・・・」


ゴンは顔を上げ、しっかりとイルミを見据えて言った。



「もしも今まで望んでいないキルアに無理矢理人殺しさせていたのなら
 ・・・・・・・・お前を許さない。」



は耳を塞いでしまいたかった。



「許さないか・・・・・・で、どうする?」


「どうもしないさ。お前達からキルアを連れ戻して
 もう会わせないようにするだけだ。」




イルミの纏う空気が変わる。

静かにゴンに向けて折れていない左手を向ける。



その途端、獣のように敏捷に警戒したゴンが飛び退く。






「さて諸君よろしいかな?」


ネテロの言葉で再び、会場の注意が戻る。

ここからは、ハンターとしての説明会だった。






説明会が終わると、ゴンは再びイルミにキルアの居場所を聞いた。

イルミはあっさりと自宅を教え、会場にいた人間は解散した。






イルミとが会場を出ると、ヒソカが近づいてきた。


「いいのかい?殺し屋が自分のアジト教えちゃって◆」



ヒソカが話かけると、あからさまには眉をひそめた。



「うん。隠してないし地元じゃ有名だしね ―――――。
 まあ、彼らも行ってみればわかるよ。オレ達と彼らじゃ住む世界が違うってことがね。」


は、応えるイルミの背に隠れるようにしてヒソカを睨んだ。



「イル。私、この人嫌い。向こう行く。」


「おやおや、お姫様には嫌われてしまいましたか★・・・残念。」




警戒するをイルミが宥める。



「大丈夫、もうオレ達には興味失くしてる筈だから。」


「くふふ・・・・・v
 キミ、よく分かってるね◆」



ヒソカの熱を帯びた視線がゴンに向けられる。


はそれを気味悪く眺めると、その場を離れた。





がひとりでいると、を呼ぶ声がした。



!」



振り返るとゴンがいた。


ゴンは気まずそうに、に近づく。




「あの・・・・・、ごめんね。
 ギタラクル・・・・、のお兄さんでもあるんだよね。
 なのに・・・・・乱暴なことして・・・・・。」


ゴンは、にイルミの腕を折ったことを謝った。


は、ショックを受けたような顔をしたゴンのことを思い出した。


「ううん・・・・。あの人はね、イルミって言うの。
 私の双子の兄なのよ・・・・。」


「双子なんだ。あまり似てないね。」



ゴンの言葉には微笑む。



「髪の色が違うからね。
 ゴンはこれからどうするの?うちに来るの?」


「うん!そっか、の家でもあるんだよね!」



(ゴンたちと一緒に帰れば・・・・少し時間稼ぎできるかな?)




「私も・・・・一緒に帰ろうかな・・・・?」


「え?一緒に行ってくれるの!?」




「同行しても良い?」

「もっちろん!!」




ゴンは飛行船のチケットを取ってくると言って、張り切ってクラピカの元へ走っていった。





(無駄な時間稼ぎ・・・・・かな。)


はゴンを見送って自嘲気味に笑う。




ふわりと風が告げる。

するりと長い腕が伸びて、の腰に絡まる。



。」



は身を委ねるようにしてイルミを振り返る。


「イル。もういいの?」


「うん。」




「ゴン達と一緒にうちに帰ることにしたよ。」


「・・・・・。」




「イルは?仕事?どれくらいかかる?」


「うん、2週間くらい。いや、3週間・・・・・。」




「長いね・・・・。気をつけて。うちで待ってるから。」

「うん。」




イルミの掌が、の髪を撫でる。

は目を細めて、その感触に身を任せる。






「もう行くよ。」

「もう?・・・・仕方ないね。」




寂しそうな瞳をするにイルミは困ったように笑う。


耳打ちするように・・・・そっとイルミの唇がカンンの頬に触れる。





再び、絡まる視線・・・・・。









イルミはの顔に笑顔を咲かすことに成功して、その場を離れた。


























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