「ちゃん、明日、婚約者のガトーさんがいらっしゃるから失礼の無いようにね。」
が朝御飯の毒入りクロワッサンを口に放り込んだ瞬間、キキョウは思い出したように言った。
Blood・2
「ん!?・・・・・ん〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
はクロワッサンを味わうことなく丸呑みした為、喉でつまり呼吸困難に・・・・。
執事のゴトーが慌てて、水を差し出す。
「ゴクゴクゴク・・・・・。っは〜・・・・。」
は水でクロワッサンを胃に流し込むと、キキョウの言葉を復唱した。
「婚約者・・・・・・・?・・・・・・・・・誰の?」
が呆然と呟く。
「ちゃんのに決まってるでしょ?」
即座に返ってきたキキョウの返答には目を見開いた。
「姉さま、婚約者がいたの?僕、知らなかった・・・。」
「俺も初耳だぜ!」
カルトとキルアは、初めて聞く事実に食事の手を止めた。
「私だって初耳だよ!!ちょっと待ってよ!!ママ!!・・・・・パパは知ってるの?」
すがるような目でシルバを見やれば、シルバは渋い顔で頷いた。
「どこの誰とも分からんヤツとが結婚する位ならな・・・・・・・・。」
シルバと言えども、一人娘ののことは目の中に入れても痛くないほど可愛がっていた。
そんな親バカの行きついた先が、自分の決めた相手と監視下に置いておくという譲歩だった・・・。
「ぜ〜ったい、嫌!!!!!!」
は握っていたクロワッサンをシルバに投げつけた。
シルバはなんなくクロワッサンを避けるとを嗜めた。
「こら。食べ物を粗末にするな・・・・。」
駄々をこねる娘を見て垂れ下がった眦のままでは、なんとも迫力が無いが・・・・・・。
「ちゃん、お行儀が悪いわよ!
そんなに嫌がるなんて・・・・・・まさか好きな人でもいるの?」
キキョウの言葉には視線を泳がせた・・・・・・。
「好きな人なんて・・・・・・・・・いないけど・・・・・・・。」
その表情は明らかに嘘を吐いている顔だった。
24年間もを育ててきたシルバとキキョウである。嘘は一目瞭然だった。
すると今までの沈黙を破るようにイルミが口を開いた。
「まだには早いんじゃない?」
「え・・・・24って適齢期じゃ・・・・・・・・。」
イルミの言葉にキルアが突っ込んだ。
が、イルミの鋭い眼光に口を閉ざし黙々と食事を続けた。
「そうよ!!適齢期よ!!ママはちゃんの年には結婚してたわ!!」
「・・・・・。どこの馬の骨とも分からん男なんて駄目だ!!
ガトーと結婚して、ずっとゾルディック家にいなさい!!!」
「・・・・え?・・・・え?」
シルバの突然の激昂には戸惑うばかり・・・・・・。
の嘘を見破り、まだ見ぬの想い人に嫉妬してるだけだが・・・・・。
「姉さまは結婚しても、うちにいらっしゃるの?」
「そうよ。カルトちゃん!
ちゃんが嫁いだら寂しいから、ガトーさんが入り婿に来てくださるのよ。」
食事を終えたミルキがようやく言葉を発する。
「だから親父もそいつを許したわけか・・・。」
(ゾルディック家にいるためには・・・・・イルミのそばにいるためには・・・・・
その人と結婚して入り婿に入ってもらうしかないってこと・・・・・・?)
は呆然とそんなことを考え、イルミを見つめた。
イルミもを見つめ続けていた。
二人の視線が絡まる・・・・・・・・。
「。この婚約は絶対だ!!」
シルバの言葉で、その日のゾルディック家の朝食は終わった。
(婚約者・・・・・・・・か。結婚なんて夢にも思ってなかった・・・。)
「本当に好きな人と結婚できるわけないんだもの・・・・・・・。」
は、一人呟くと庭木の下に座りこんだ。
広大なゾルディック家の敷地にある静かな森・・・・・。
ここはゾルディックの子供たちの遊びの場だ。
も幼い頃は、ここでイルミや弟たちと鬼ごっこをした。
思い出の地は、今のには憩いの場となっていた。
お気に入りのこの木の下だけは、ちょうど良い木漏れ日を作ってくれる。
(間違っているのは私・・・・・・。イルミを男として見てる私がおかしいの・・・・・。)
の胸のうちを黒い暗雲が立ちこめる。
「結婚するのも良いかもね・・・・・。」
口に出し、まだ見ぬ婚約者に抱かれている自分を想像するだけで吐き気がした。
(やっぱり耐えられない・・・・・・・か・・・・・。
それに・・・・・・・他の男に抱かれた私なんて・・・・・汚くてイルミに見せられない。)
は温かな陽射しに包まれているにも関わらず、細い肩を震わせてち縮こまった。
(ずっと結婚しないでゾルディック家にいられたら良いのに・・・・・。
そんなのパパとママが不審に思うよね・・・・。)
「小さい頃の夢が叶えば良いのに・・・・・・・・。」
は一粒、涙を零した。
ふわりと空気が変わった。
の大好きな香りが鼻腔をくすぐる。
「・・・・・・。」
遠い昔、かくれんぼをすると必ずイルミに見つかった。
どんなに上手に隠れてもイルミにだけは簡単に見つかってしまう・・・そんなことをは思い出した。
は、イルミに気づかれないように自分の服で涙を拭った。
「また気配を消して、近づいた・・・・・。」
はわざと怒ったフリをしてみせて、フッと笑った。
イルミはの目が潤んでいるのに気づいたが、口には出さなかった。
「仕事?」
が尋ねた。
「うん。行って来る。」
イルミは表情を変えずに言った。
「気をつけてね・・・・・。」
「うん・・・・・。」
イルミはに背を向けてゆっくりと歩き出した。
はイルミの背を見送る。
(この想いが叶うことは決して無い・・・・・・。
私がこうしてイルミを見つめられるのは、家族だから・・・・・。)
叶うことの無い願いに胸を痛めることに、は慣れてしまったのかもしれない。
それでも他の男と結婚することだけは、どうしても嫌だった・・・・。
突然イルミは立ち止まると、振り返りの元に駆け寄った。
きょとんとするを木に押しつけ、イルミとの視線が絡まる。
今までも幾度となく、顔を近づけ、視線を絡ましあい二人は心を交わしてきた。
しかし、今回のそれがいつもと違うことには気づいていた。
幼い頃から幾度と無く夢に描き、叶うことなく散っていった・・・・・。
何度も視線を絡ませ、吐息を感じるほど顔を近づけても、その領域に踏み込むことは無かった。
それが・・・・・今、現実となった。
ゆっくりと唇が重なり合う。
それは触れるだけの優しいものだった。
は夢にまで見た口づけに、再び涙がこみ上げてきた。
イルミがそっとの身体を離すと、は力が抜けたように木にもたれたままズルズルと座りこんでしまった。
イルミは、そんなを見下ろし呟いた。
「の小さい頃の夢・・・・・、俺も叶って欲しいと思ってる・・・・・・。」
それだけ言うと、イルミは姿を消した。
(ついに踏み越えてしまった・・・・・・・・・。)
は溢れる涙を拭うことなく、微動だにしなかった。
(私がイルミを汚した・・・・・・・・・。)
「罪を背負うのは私だけで良い・・・・・・・・・。」