水面が太陽の光をキラキラと返す。



海鳥は泳ぐように空を舞い、鳴く。







4次試験はそんな中、幕を開けようとしていた。












  Blood・9












「残る試験は、4次試験と最終試験のみ。4次試験はゼビル島にて行われる。
 では早速だが・・・・・。」



試験官リッポーが、パチンと指を鳴らした。

ガラガラと音を立てて運ばれてきたのは箱。



「これからクジを引いてもらう。

このクジで決定するのは狩る者と狩られる者。」





緊迫した空気が、受験生達を包む。




【 第四次試験  参加人数 24名 】




24名の受験者達は、クジを引きおわると誰とも目を合わせないように散り散りになる。

各々が自分のプレートを胸から外し、警戒した視線を周囲にめぐらす。

しかし自信のある者、ここではヒソカ、キルア、ゴン、がプレートを隠しもせず堂々と着けたままにしてあった。



重苦しい空気が流れる中、受験生達は舟に乗り込む。




姉。」


ポーカーフェイスを装ったキルアが、何でもないことのように話しかけてくる。




「ん?」


キルアの聞きたい事は手に取るようにわかったが、あえて触れないでみる。






「あのさ・・・・・、何番引いた?」


わざとらしく海を眺めて、には目を合わせようとしない。





「ぷっ!・・・・・くくくっ!ほら!!」


は堪えきれないように吹き出すと、自分の引いたカードを見せた。





≪198≫番。





キルアは、それを見て慌てる。



「え!俺が引いた番号と一番違い!?」


キルアも懐から引いたカードを見せた。





そこには≪199≫番の数字が。






「へぇ〜、すごい偶然・・・。」


特に感動も無く、は感想を洩らす。






姉は、ターゲットが誰か分かってんの?」


キルアは少し期待をこめた瞳でに聞いた。


は、じっとキルアを無言で見つめるとこう返した。


「さぁ・・・・・・、それはどうでしょう?」




「ちぇ。ま、いいや。オレ、ゴンにも聞いてくる!」


「ま、頑張りなさい。」



はキルアの背後にそう声をかけて微笑んだ。





一人になったは、海を眺めるフリをして視線でギタラクルを探す。


水面が反射した光を浴びて、まるでキラキラと輝いた王子のように見える。
の目にだけ・・・。)




そっと唇に指をあてる。

あの時の感触を思い出すように・・・・。





(あの暗闇で交わしたキス・・・・

 あのキスに意味はあるのかな?)




「・・・ふぅ・・・・。」



は、その白い頬をバラ色に染めて、悩まし気な溜息を落とす。

そんなに、ギタラクル含む多くの男の視線が集中していた。









船は2時間ほどで、目的地であるゼビル島へ到着した。

下船の順番は、第三次試験の通過時間の早い者順だった。

順番で2分おきに、次々と島へ上陸していく。





「6番の方!スタート!」




6番目に第三次試験を通過したが呼ばれる。


は、キルアたちに軽く手を振ると船を降りた。




ゆっくりと森の中へ歩み寄り、船からは見えない位置で止まる。

敵意が無いことを示すように、隠れることもせずただ次の上陸者を待った。

同じタイムで第三次試験を通過し、7番目に呼ばれるはずのギタラクルを・・・。




2分後、ギタラクルは船を降りた。

同様にゆっくりと森の方向へ進むと、を視界で捉える。


は、ギタラクルが自分に気付いたことを覚ると、敵意が無いことを示すように両手を上げた。



「あの・・・・お話があるんです。少しだけ・・・・・良いですか?」


は伏目がちに、ギタラクルにそう言った。



ギタラクルはカタカタと揺れたまま、大きくギィーっと頷いた。



そのまま、二人で歩き出す。





としては、ついてくる試験官が鬱陶しかったが、そんなことに構ってる余裕は無かった。

しばらく歩いて、隠れる木が無いような場所へ出る。


ここなら受験生も試験官も、至近距離で姿を見せるわけにいかない。




は立ち止まり、ギタラクルを振り返った。

ギタラクルはカタカタと、揺れ続けている。


は、自分の鼓動が聞こえるほど緊張していた。

こんなことは、生まれて初めての経験だった。


体を固く強張らせて、ギタラクルを恐る恐る見る。

その視線があった途端、顔から湯気が出るほど赤くなった。




再び視線を地面に戻すと、搾り出すように声を出した。




「私・・・・・私・・・・、あなたのことが好きです。」




ギタラクルの揺れが止まった。

沈黙の間、は顔を上げることも出来ずに地面を見つめた。




(もしかして「試験中に何やってんだ?」って思われてるかも・・・・?
 どうしよう・・・・!?)


それは、数秒、数分だったのかもしれない。

けれど、には何時間にも感じられた。




ギタラクルの動く気配に、は視線をあげる。

ギタラクルは、近くに咲いていた一輪の白い花を手折った。



そして、に手渡したのだ。











(・・・・白い・・・・・・花。)














『白い花はイルミのお花。イルミの黒の髪によく似合うお花。』


右手にはお気に入りの花。


ゾルディックの森で摘んだ白い花。


艶めくように光るイルミの髪にその花を挿す。



イルミは困ったように笑うと、同じ色の花をの銀の髪に挿した。



『オレ達は双子だから、にも白い花はよく似合うよ。
 ・・・・ほら、の銀の光を受けてキラキラしてる。』




そう言って、の銀の髪に白い花を飾ったのは何年前のことだっただろうか?


唐突に襲われた過去の記憶に、は眩暈を覚える。







白い花の香りが、脳を甘く痺れさせる。











ギタラクルは、に花を渡すと踵を返して歩いて行った。


は現実に引き戻されるように、ギタラクルの後姿を見送った。





「あ・・・・ありがとう・・・ございます。」




慌てて言った礼は、ギタラクルを振り返らせることは無かった。








は、手の中の白い花をしばらく見つめていた。


心臓の辺りがズキズキと音をたてる。




(多分・・・・・この花はギタラクルさんの好意の証。
 あの人も私のこと・・・・・・・好きでいてくれているはず・・・・。)




白い花は幸福の証のはずだった。






(なのに・・・・なんで、こんなに苦しいの!?)






泣き出しそうな瞳にぐっと力をこめる。

感情を殺すことを強いられてきた24年間が、に涙を堪えさせる。





は歩きだした。


ギタラクルが向かった先へ。



ギタラクルといれば、心の平穏が少しでも取り戻せるような気がしたのだ。






獣道のような草むらを歩き続け視界がひらけてくると、その先に存在する気配には警戒した。



野原にように拓けた大地に佇む一人の気配。


暗殺者として、もう会いたくないと心から思う人物・・・。






ヒソカはの姿を認めると、ニヤニヤしながら声をかけた。





「おやおや、お姫様◆王子様は眠りについてますよ★」


「王子様って・・・・・誰のこと言ってるのよ!?」



は警戒しながらも、ヒソカの言葉が気になり逃げ出せなかった。






「果てさて・・・。それは、この道化師、口が裂けても言えませんv」

「私は・・・・もう違う人を好きになったんだから!!
 ・・・・・もう呪縛から・・・・解放されたんだから!!」



は、過去の自分と決別するように声を振り絞る。




「それは、面白いねぇ★
 新たな王子様は・・・・318番のギタラクル?」

「・・・・・・・そうよ!!」



の勝気な答えに、ヒソカは顔を歪めて笑い出した。



「あはははは・・・・・あっはははっはは!!
 愉快愉快!!あまり興奮させないでよ◆
 キミは食べてはいけない他人の果実(モノ)なんだからv
 ・・・・・・この道化師が断言しましょう★
 キミは呪われた運命から逃れることなど出来ない・・・・・と。
 あはははは・・・・・あっはははっはは・・・・・・・」



は、これ以上その場にいることは出来なかった。

耳を塞いで、ヒソカに背を向け駆け出す。

ヒソカの笑いが、逃げるを追うように耳から離れなかった。





逃げるように・・・・全てのものから逃げるように・・・・・
は走り続けた。


不吉な予言は、ついて回る。がどんなに必死に逃げようと・・・・。








(『呪われた運命から逃れることなど出来ない・・・・・。』
 そんなことない!わたしはギタラクルを好きになった!!

 イルミのことなんか忘れてたもの・・・・・!!)





胸が早鐘のように鳴る。

頭を流れる血液はドクドクと煩く、を責めたてるようだった。






は怒りのままに木を殴りつけた。


『バサバサバサバサッ・・・』


木の葉とともに虫も落ちてくる。



「キャー!!!イヤーーーー!!!!」


自分のしでかしたことに、慌てて飛び退く


ふと、木から落ちたものが、木の葉と虫以外にあることに気がついた。




白く丸いプレート。


そこに書かれた数字は≪197≫番。



自標的のプレートと極めて近い数字に、喜んでいいやら悔しがっていいやら・・・。


は溜息を吐くと、そのプレートを堂々と胸につけた。


行く宛てもなく、森の中をさ迷い歩く。







(この罪悪感は、なんだろう・・・・・)


しばらく歩き、森を抜けると湖に出た。





は、湖の水で顔を洗った。

湖に映る自分の顔・・・・・。



双子でも一卵生で無い場合は、普通の兄弟と変わらない。

とイルミも見間違えるほどには、似ていなかった。



まして男と女の兄妹だ。

違う箇所が多すぎる。





「イルミのことを・・・・・思い出さない日なんて・・・・あるわけないじゃない。」


は一人、水面に呟いた。




ギタラクルを好きだと思ったことに嘘は無い。



(初めて見た瞬間・・・・・雰囲気がイルミに似てるなって思った。

 どことなく同じ闇を抱えた人間の匂いとか・・・。

 無口だけど優しいところとか・・・・。)




は、ギタラクルの好きなところを思い出して・・・・・気付いた。





(私・・・・・・ギタラクルさんに・・・・イルミを重ねて見てる・・・・・。)



目の前が真っ暗になった気がした。


今まで夢見ていた光の道は、どこにも行き場の無い暗闇だったのだ。







脳裏に道化師の言葉が蘇る。



(『呪われた運命から逃れることなど出来ない・・・・・。』)



哀しさと行き場の無い悔しさに、の右手が震えた。


背後に人の気配を感じ、は振り返った。






「おい、そこの女。その胸につけているプレート・・・・。譲る気はないか?」


草むらから出てきたのは、ハゲた男だった。

は冷たい目で、ハンゾーを見つめた。



(誰でも良い気分だわ・・・・。
 このイライラした気分を慰めるには・・・・・。)




「譲る気は無いと言ったら?」


「待て。こちらには余分なプレートが一枚ある。
 無償で譲れと言ってるわけでは無い。」


「なら、あなたを倒せば・・・・6点分たまるわけね。」


(誰かの血が必要なのかもね・・・・・。)




ハンゾーの顔から表情が消える。


「では無理矢理にでも、その胸のプレートを頂こう。」



空気が止まる。



が地を蹴る。

『・・・・・ィン』



ハンゾーもその瞬間、地を蹴った。




試験官の目には見えない速度で、二人の打撃は打ち込まれていく。




『リンリンリンリン・・・・・』




辺りは、の足首の鈴の音が鳴り響いた。




は舞うように、ハンゾーの打撃を避ける。

ハンゾーもの打撃を難なく交わした。



一定の距離を保ち、一度二人の動きが止まった。

お互いの攻撃をかわしていた筈なのに、ハンゾーは片膝をついた。




「か・・・・らだが・・・・・。」



ハンゾーの体は、の念音波により神経を麻痺させ動けない。

は、猫のように目を細めて笑った。



「・・・どうしてくれようか?」


その妖艶な笑みに、ハンゾーは背筋をゾッとさせた。

一歩一歩、がハンゾーに近づく。

ハンゾーの顔は恐怖に強張った。




姉!」


弟の呼び声に、の殺気が解かれる。



「・・・キル。」


キルアを振り返ったの顔は、いつもの表情だった。

声を掛ける前の、殺気を放った姉に怯えていたキルアは安堵した。

少しホッとした顔でキルアが続ける。




「そいつ、姉のターゲットなの?」

「ううん、ただの痴漢。」



姉弟の会話にハンゾーは絶句する。



「なっ!!!」





キルアが殺気のこもった目でハンゾーを捉える。


「・・・・こいつ!」





無実の罪を着せられて、ハンゾーは焦る。


「待て待て待て!!俺がいつ痴漢した!?」





ハンゾーの言い分は無視して、がキルアに言う。


「でも・・・・キル来たから、もういいや。」

姉。こんな痴漢野郎、殺してこうよ。」



姉を痴漢した男など生かしてはおけない、とキルアはハンゾーから視線を外さない。





「おい!!誤解を解け!!」


キルアの視線に冷や汗をかきながら、必死に訴える。

必死の訴えにようやく耳を貸したが言う。



「うん、胸に触りたいって言っただけで触られてはない。」

「最低なハゲだな。」

「全くだよ。」



ハンゾーは、の訂正にまたまた驚く。

「胸に触りたいなんて言ってなぁい!!!!!!
 胸につけてるプレートをくれと言っただけだぁあああああ!!」

「そうだったっけ?」


はとぼけてハンゾーの服を探る。プレートを2枚見つけた。

1枚はハンゾーの294番。もう1枚は、の標的198番。



「あ!何こいつ!!私の標的のプレート持ってる!!!!ムカつくわ!」

「だから人の話を聞けと・・・・・!ぐふっ!!」


は怒りに任せて、動けないハンゾーの腹を蹴った。

そして、いらない2枚のプレートを投げつける。



「早く言えよ、ハゲ!!!!・・・・・行こ、キル。」

「あ・・・・あぁ。」




キルアは、やはりいつもと違いギスギスとした姉に戸惑いながらもついて行った。






第4次試験終了まで、とキルアは共に過ごした。

手の中の白い花を見つめ、考えこむように黙る姉の姿に、キルアは為す術もなかった。










 

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