”命短し 恋せよ乙女  赤き唇 褪せぬ間に
  
  熱き血潮の 冷えぬ間に  明日の月日の ないものを

  命短し 恋せよ乙女  いざ手をとりて かの舟に

  いざ燃ゆる頬を 君が頬に  ここには誰も 来ぬものを



  命短し 恋せよ乙女  波に漂う 舟のように

  君が柔手をわが肩に  ここには人目の ないものを

  命短し 恋せよ乙女  黒髪の色 褪せぬ間に

  心の炎 消えぬ間に  今日は再び 来ぬものを”



 

 


海に向かい音を紡ぐ。その姿はローレライのように・・・・・・・。

音楽の神に愛された少女。





は、高校生活最後の合唱部の発表会で独唱を歌うことになっていた。

海での練習は、ここのところのの日課となりつつあった。

反響するものの無い広い空間は、歌いやすい場所では無いけれど波音が拍手のように響いてくれる。




夏の夕暮れはまだ白い月が覗き明るく、けれど涼しい風を運んでくれる。


「これで最後か・・・・・・・。」

は今日、全て決着がついたことを思い返す。

それはの中で澱みのように沈殿していく。






 

 

 

 

   Diva・1

 

 

 

 









「本当に良いんだな?」

「・・・・・はい。家には音大に行くほどのお金はありませんから。」

の能力なら奨学金だって受けられるぞ?」

先生の食い下がるような言葉にも、私は力無く首を振った。



「レッスンを受けないで首席でいられるほど甘くないのは分かってますから。」

「・・・・・・・。」


重い沈黙が部屋を包む。



「最後の独唱、頑張ります。」


「・・・・・・あぁ、楽しみにしてるぞ。」


「失礼します。」


は音楽教務員室の扉を静かに閉めた。




「はぁ〜。」

重いため息を吐く。



には歌の才能があった。合唱部の先生はの才能を高く評価して音大受験を薦めてくれた。

しかし音楽大学の入学金や年間費は普通の大学よりかなり高い。

受験前や入学後もレッスンを受けなくてはならないだろう。

レッスンを受けるにも1回のレッスンは万単位だ。

の家、家は決して貧乏では無いが金持ちとも言えない。

下には弟も控えている。

諦めなくてはならないことだった。




(悔しいな・・・・・・。)




が所属する合唱部の発表会で独唱を歌うこと。それがの高校最後の歌になりそうだった。






、おかえり。」

「お母さん、ただいま。」

自宅に戻ると、母はに駆け寄って出迎えた。

。それで・・・・・あの・・・・・」

言葉を濁す母を見て、は無理に笑顔を作った。

「先生にはちゃんと断っておいたよ!
 どこまで出来るか分からないけど、公立大学目指して受験勉強頑張らないとね!」

「・・・・・・そうね。ごめんね、。」

「謝らないでよ。音大受験しても将来の就職が不安だしね。
 公立の大学行って頑張るわ!!」

「お母さん、の合唱部の発表会楽しみにしてるからね・・・・・?」

「ありがとう!!最後だから頑張るわ!!早速、海に行って練習してくるね!!」


はそう言うと、今閉めたはずの玄関を再びくぐった。


「あ、気をつけてね!!」

の母は慌ててを見送る。

「うん、行ってきまーす!」



は玄関を閉めると駆け出した。


散り散りになる心・・・・・・。

捨てきれない願い、苦しい想い・・・・・・・。

あんなに優しい母をつい攻めてしまいそうになる。

そんな自分が嫌だった・・・・・・。











(私の家が、もう少し裕福なら・・・・・・・・。)

親不幸な想いに、は自分を戒めるように首を振った。

「はぁ〜・・・・・。もう一度、歌おう。」

歌っている間は自分を忘れられる。

歌の世界に自分を没頭させ、音と自分だけの世界を作ることが出来る。


は細く息を吸うと、音を紡ぎだした。

「”命短し 恋せよ乙女  赤き唇 褪せぬ間に・・・・・・っ!!」

の歌声が途中で途切れる。

目前には10mはあろうかという波が迫っていた。

「キャーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」

の視界は青一色に染まり、冷たい水が容赦なく襲う。

不思議と痛みや苦しさは無いものの天地が逆転したような浮遊感。

自分がどこを向いているのかも分からないまま、の意識は途絶えていった。




(た・・・す・・・けて・・・・・・・・。)





荒れ狂う波の中、何故か空に浮かぶ白い月だけをは見続けていた。




 

 

 

 

 

 

 

 

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※作曲:中山晋平  「ゴンドラの唄」